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即独の頃

  • 2012/01/21 15:55
  • Category: 即独
私は、2009年12月に司法修習を終え、その後約3か月間ニューヨークで暮らしていた。最初は、当時ニューヨーク(ブルックリン)に弟が住んでいた(アメリカ人とルームシェア)ので、その部屋に転がりこんで、部屋と部屋をつなぐ通路のような狭い部屋に寝袋を敷いて寝ていた。一番学費が安い語学学校に最初の2ヶ月間申し込んでいたが、朝8時に開始する授業に寝過ごしてしまい、毎日遅刻して行って、頻繁に欠席していた。それにもかかわらず、韓国人の多いクラスメイトは温かく迎えてくれ、韓国人への好感度が上がった。

お金は司法修習の時にもらった給料の残りとそれ以前からの貯金しかなく、高いレストランには行けなかった。朝はスーパーで買った安いベーグル(家にいたネズミもよくかじっていた)、昼はサブウェイ、夜はスーパーで食材を買って、家で自炊していた。ニューヨークはとても寒く(マイナス10度くらい)、しかも海の方向から冷たい風が吹いてくるので、外に出るのが苦痛で、カフェとかで英語の勉強をしたり、本を読んだりしていた。「信長の野望」もよくしていた。

1ヶ月くらいして、弟のルームメイトのアメリカ人が、嫌な人だったので、私はこの家を出ると言って、ネットでルームメイトを募集している部屋を探し始めた。日本人ではなく、アメリカ人のルームメイトを探したが、英語が片言の日本人と住んでくれるアメリカ人はなかなか見つからなかった。たまに優しく対応してくれる人はロシア人だったので、ロシア人への好感度が上がった。
結局部屋を出る日になっても、住む部屋が見つからなかったが、語学学校のルームメイトの韓国人が、それならオレの部屋に来いと言って、しばらくの間一緒に住ませてくれることになった。とてもいいやつだったけど、連絡先を交換していたわけではないので、彼が今何をやっているのかは知らない。
1週間くらいして、無事にアメリカ人とロシア人2人が住んでいるところに住めることになったので、そっちに移って暮らして、そこに語学学校の友達を読んでパーティをやったり、その後はTOEFLを受けてみたり、音楽に興味があったので、ブルースの故郷であるメンフィスに旅したりしていた。

日本に帰国したのは2010年4月で、帰る頃には、東京で即独しようと心に決めていた。

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fujimoto

Author:fujimoto
弁護士の藤元達弥です。
東京都新宿区にある藤元法律事務所の代表弁護士をしています。
刑事事件、外国人に関する法律問題、交通事故、離婚、相続、債務整理、消費者問題、企業法務、不動産関係、債権回収など、多様な案件を取り扱っています。

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